八角墳・その2 天武持統天皇陵・中尾山古墳

  • 2017.09.21 Thursday
  • 01:23

JUGEMテーマ:つぶやき。


檜隈大内陵

 1学期の半ば頃、四男が転けて肩を打ったので自転車に乗れず、学校に送迎しなくてはいけなかった日が、偶々、小学校の参観日でした。
 参観後の懇談も早めに終わったので、四男との待ち合わせまでの時間つぶしに八角墳巡りをしていました。

 まずは天武持統合葬陵こと檜隈大内陵。中学校の裏にあります。通称「野口王墓」といいます。
 噂によると、皇族専用トイレがあるそうな‥‥w。
 ここは御陵の中ではレアな「100%間違いない」天武持統天皇陵なのです。と、いうのも、鎌倉時代に盗掘された時の聞き取りを記した資料が明治になって発見され、その内部の様子(埋葬された棺と銀の骨壺)が日本書紀の記述と一致していたからだそうです。
 まぁ、ここに至までに野口王墓は文武天皇陵に治定されたり、近くの見瀬丸山古墳が天武持統天皇陵に治定されたりと、色々あったようで、中学校近くの道しるべには「文武天皇陵」と、書かれております。
 天皇陵だけに宮内庁管理で、勿論立ち入り禁止なので、牽牛子塚みたいにペタペタ触れません。


こっちじゃないのかな? 次に行ったのが中尾山古墳。大内陵とは道をはさんで向かい側の小山の上にあります。
 檜隈大内陵に比べたら野原状態で、石碑と看板がなければわからない程に全然整備されていないのは、天皇陵に治定されていないからなんですね。

 けれど、八角形の墳丘、小山の頂上部に建造されている事から、恐らくはこちらが文武天皇陵では?と言われています。
 しかし現在は、もう少し南の栗原塚穴古墳が文武天皇陵に治定されております。

 文武天皇は天武持統の息子の草壁皇子の息子で、聖武天皇の父親です。‥‥もひとつ影が薄い気がするのは、万葉のビッグネーム・大津皇子のライバル草壁と、教科書に絶対に出る聖武の間だからなんでしょうか?

 夏場は蚊が多くて、近寄るのがつらかったです。

 

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