折口信夫「死者の書」その3

  • 2011.06.05 Sunday
  • 23:35
 JUGEMテーマ:読書

 折口信夫の「死者の書」の感想、考察などの3回目です。
 今回はメインテーマである「執心と昇華」について考えてみます。

 物語はある死者‥‥大津皇子の魂が甦り、抱き続けていた執心を語る処から始まり、俤びとを描いた郎女の昇華で終わります。
 もう、ズバリですね。

 しかし、私個人としては、執心は解るのですが、昇華がもひとつ納得出来ないと云うか、消化出来ていない感じがします。(しゃれではありません。)

 で、各登場人物の執心について考えてみます。

 まず、あまりメインでない方々から。

 恵美押勝は権力と云う凄まじい執心を持っています。
 本文中では彼は権力を手中にし、わが世の春を謳歌している状態です。

 数年後、押勝は謀反人として殺されます。昇華ではなく、破滅ですね。

 大伴家持は権力の中枢にいるわけでもなく、落ちぶれているわけでもなく、
「自分には執心が足りない。」
 と、思っています。
 まぁ、いくつかの乱に関係者として名を挙げられつつも、さほどには落ちぶれず、浮いたり沈んだり浮いたりの政治家人生を歩んだ人なので、そんな描かれ方をしているのでしょう。
 彼の場合、万葉集の編纂、歌人としての成功が=昇華になるのかな?

 では、メインの方々。

 大津皇子の場合、死の間際に一目見た耳面刀自への思いが執心となっています。
 そして、絶えてしまった自分の血筋、名代を悲しみ、
「自分の子供が欲しい。」
 と、耳面刀自に似た郎女の所へ通ってしまうわけです。‥‥死者なのに。
 彼の場合、割に平均的な男性の欲望ですよね。

 で、郎女‥‥の前に、当麻の語部の媼の執心について。
 彼女の場合、「語りたい」執心です。
 先祖代々語り継いで来た「物語」を聞く者がいなくなる‥‥時代に取り残される悔しさ故の執心です。
 その彼女が見つけた知識欲という執心を持った無垢な存在、それが郎女です。
 郎女に何度も語りかける媼は、果たして本物の媼なのでしょうか?
 媼の執心が作った幻なんじゃないのか?とすら思えます。

 その媼が、皇子と郎女の仲媒人的存在です。
 ちなみに、人形劇では黒柳徹子さんが声をやってらしたのですが、‥‥‥‥めっちゃハマってました(笑)

 郎女の場合、最初は知識欲だったと思うのです。
 写経‥‥というと、現在でこそお固いイメージとか、年寄り臭いイメージがあるのですが、当時は、それこそ流行の最先端!外国の文章を写してるし!めっちゃインテリ!おっしゃれ〜!だったんじゃないのかと思うのです。
 つまり、郎女の知識は当時の最先端を行っていたわけです。

 しかし、家の周りの堅固な石城の塀と、郎女命のお固い乳母のおかげで、彼女は男女の事に非常に疎いまま育ってしまったようなのです。
 頭はいいけどおぼこいという、ある種の男子が萌えそうなタイプですね。

 しかし、写経中、彼岸の日に二上山に現れる俤びとの姿を観、彼女は写経する事自体より、それが楽しみになってしまう‥‥つまり、俤びとに恋をしてしまうわけです。
 何だか、現実の男子に恋愛感情を抱く事が出来ず、2次元に恋するオタク女子のようです。
 発願した千部写経が完成した彼岸の日、悪天候により俤びとを観る事が出来ず、彼女はその姿を求めて、思わず、出奔してしまうわけです。
 まさに、恋はハリケーン!

 結果的にその行動が、二上山に眠る大津皇子を起こしてしまうのです。

 郎女は語部の媼に大津皇子の物語を聞き、俤びとの素性を知ってしまいます。
 死者が閨を訪れる夜、彼女は恐ろしいと思いつつも、ときめいてしまう。
 しかし、思わず口にした称讃浄土経の文は、死者を遠ざけてしまいます。
 郎女はいつしか、その恐ろしい夜を待ちわびるようになるのですが、死者は経文ゆえに近づく事が出来ません。

 ようやくその姿を見る事が出来た時、もう寒くなろうと云うのに、半裸(つか、ほぼ全裸)で訪れる彼の姿に、彼女は哀れみを覚えさえするのですな。
 この辺の郎女はまさに「恋は盲目」状態。郎女の執心は「恋」そのものに思えます。


 今度は昇華について考えてみます。
 こっちは、どうも解釈が難しいです。

 当麻の語部の媼は郎女につきまとい、自分の知る物語を語り尽くしたことで昇華出来たのでしょうか?
 語部の媼が郎女に干渉する事により、郎女と皇子は新たな物語を紡ぐ事となりました。
 それは昇華でもあり、新たな執心でもあるのでないかな?と私は思うのです。

 郎女は俤びとに贈る衣を作り上げ、それに感嘆の声をあげる乳母たちをおいて出て行ってしまいます。

 それは昇華なのでしょうか?

 その前の秋の彼岸の日に、彼女は声に出して俤びとの姿をはっきり観たいと望みます。
 その声を聞いて現れた俤びとは、初めて、正面から郎女を見詰め、何か言いたげに唇を動かすのです。

 このシーン。

 大津皇子の昇華は、自分を想う郎女の心を知る事により成就しました。‥‥したのかな?
 と、同時に、彼女が「大津皇子と想い合った耳面刀自」ではなく、「死者であり、現世の存在ではない自分をひたすらに想っている耳面刀自ではない郎女」だと知ったのではないかと想うのです。
「人ではない自分」を「想ってくれる」「郎女」を認める事が出来たとき、彼は執心から解き放たれ、昇華されたのではないかと思うのです。

 郎女の恋心と云う執心は俤びととの交流により、半ばは昇華されたと思うのです。
 ただ、彼女が抱いた哀れみの気持ちが解決されていない。俤びとは寒いままではないか!?という思いですね。
 それは絵の完成により決着がついたようにも思うのですが、どうなんでしょ?

 彼女は結局、俤びとの許へ行かなくては昇華出来なかったのかもしれません。
 それは、阿弥陀に迎えられることなのか、冷たい墓の中に入ってしまう事なのか、私には解りません。

 まぁ、そこは読む人によって、色々と解釈なり、納得なりするしかありません。

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